連載エッセイVol.4を掲載しました

異文化コミュニケーションとしての科学コミュニケーション

佐倉 統

科学コミュニケーションというのは、ある種の異文化コミュニケーションなのだと思う。その分野を専門に研究している人と、全然そうでない人とでは、文脈も価値観も思想信条も大きく異なる。もちろん、知識の量も違うけれど、じゃあ知識を増やせば理解してもらえるかというと、決してそんなことはない。話が通じないのは、コミュニケーションの中身(どんな知識か)の問題ではない。背景や文脈(なぜその知識が必 要か)が共有できていないからである。その研究の社会的な影響や意義などを知りたがっているのに、それらそっちのけで研究の中身の話しぱかりされたのでは、興味をもつ人はいない。

異文化コミュニケーションをスムーズに進めるためには、お互いに相手の価値観や背景を考慮することから始めなければならない。「モノを盗んではいけない」と注意しても、その「モノ」の範囲や概念が異なる人であれば、ルールを破っているかのように見える振る舞いをするかもしれない。あげくに、「なんでこんなにロを酸っぱくして注意しているのに守らないんだ!」と青筋立てて怒るハメになるかもしれない。だけど怒られた方は、自分の「モノ」概念に基づいて、きちんとルールを守っているのである。怒られる理由も分からなければ、対処のしかたも見当が付かない。悪循環だ。

相手の文化的背景を知るのにいちばん良いのは、その国を訪れ、しばらく住んでみることだ。短期間の滞在であってもいい。それが無理な場合は、その相手とプライベートで付き合ってみるだけでもだいぶ違う。とにかく、相手の価値体系を、肌で体感していることが必要不可欠である。異文化を身体知として装甲する、といってもいい。それができなければ、コミュニケーションは成功しない。 だから、科学コミュニケーションのスキルアップにも、実地体験やオン・ザ・ジョブ・トレーニングが欠かせないのである。教室で有名な先生の授業を聞くだけでは、必要な能力は決して身に付かない。街に出よう。自分がしゃべる前に、相手の話を聞こう。そして、相手を知る努力をしよう。科学コミュニケーションは、そこから始まる。

2007年5月30日号

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