連載エッセイVol.16を掲載しました

組織内のインタープリター

真船 文隆

バブルがはじけた時、民間企業の多くは、それまでもっていた基礎研究部門を店じまいした。コストが見合わないし、経営理念にもそぐわないという理由からである。一方、その数年後、「失われた十年」の真っ只中に、未来への人類の永続的な発展を旗頭に、基礎研究部門を立ち上げた会社があった。私はそこで6年間研究をし、そののち総合文化研究科に職を得た。企業の開発研究は、目前にあるニーズにこたえる短期的なものから、少し先の将来を見据えた中期的なものが主で、研究が成功すれば必ず収益につながる(と信じている)。一方、我々が行っていた基礎研究は明らかに開発研究とは異なり、「何十年かたったら何かに役に立つかもしれない」という超長期的なものであり、研究成果はすぐに学術論文に投稿するというスタンスで、特許化するかしないかは二の次であった。会社組織の中では明らかに異種な存在だった。

にもかかわらず、在籍した6年間で窮屈な思いをしたことは一度もなく、組織の中でそれなりの存在感を発揮できたと思っている。そこには、基礎研究部門と経営陣の間をうまく繋いだ管理部門の担当者(I氏)の存在があった。そのI氏とは、基礎研究部門へ移る前に、何度かお目にかかった。「この基礎研究部門は一体何を目指し、研究者に何を期待しているのでしょうか。やはり最終的に企業の収益につながる開発研究も視野に入れるべきなのでしょうか?」という私の質問に、「好きな基礎研究を自由にやってください。大体、基礎研究の研究者が無理に開発研究をしたところで、開発研究を本業とする研究者にはかなわないですから。」というなかなか刺激的なお答えであった。しかし、この言葉は我々の考えとも共鳴し、大いに救われた気になったのも事実である。I氏は元来研究者ではあったが、その研究分野はかなり製造現場に近く、お互いに専門用語で話し合ったら会話が成り立たないくらい、我々の研究分野とは離れていた。ただ、我々は、研究の目的、成果、意義をI氏に理解してもらうことが、組織の命運に関わるくらい重要だと認識していた。またI氏も足しげく研究所に通い、研究者と長時間に渡って議論をした。年度末に研究成果報告書を提出すると、しばらくして電話がかかってきた。「この部分は、このように言った方がわかりやすいし、経営陣にも響くのではないでしょうか。」

I氏は、我々の研究内容を最もよく理解した人の一人であった。同時に、それをどのように伝えれば聞き手の心に共鳴するのか、そのコツを心得ていた。我々にとっては、最高のインタープリターだったと思う。

2008年9月22日号

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