連載エッセイVol.33を掲載しました

最先端の生命科学を学び伝えるのはやさしいことか?

石浦 章一

東京大学の教員の皆さんに大学新入生の生命科学の知識レベルを説明するのは、少々骨が折れる。現在、理科生全員には生命科学を必修にしているため無理やり講義をしなければいけないのだが、高校で生物学を学ばなかった人や物理・化学で受験した人たちに生命科学のイロハを教える難しさを、どう言えばわかっていただけるだろうか。DNAの話を1時間したあとに、「DNAとタンパク質はどこが違うのですか」と質問されるつらさ、とでも言ったら理解していただけるだろうか。

そこで、生命科学構造化センター(4月からは教養学部・教養教育高度化機構・生命科学高度化部門に変更)は1学期間で履修する各90分の授業内容を15分ずつくらいで軽く紹介するDVDを作製し、全員に配付することにした。英文の字幕もつけた。転写や翻訳など複雑な機構は、アニメーションを使って理解できるように工夫した。また、授業の内容を復習することができるようにと、インターネットで自習できる問題教材を作り、携帯からもアクセスできるようにした。教科書を英訳してネット公開し、英語で履修することも可能にした。いわば、至れり尽くせりである。どうなったと思います?

半数ほどが、1学期の間に補助教材にアクセスもしようとしないことが明らかになったのである。「なぜ、理科一類に入ったのに生命科学を履修しなければいけないのか」と答案に書く学生も出る始末であった。もはや、21世紀の基本科学の性格を備えた生命科学を幅広く理解・解釈し、その知識を周囲の社会に知らしめるべき立場の学生の「学習意欲」の問題が浮かび上がってきたのである。やはり大学は、意欲のある学生だけが学ぶ場所であるべきであり、どうせ教員の数も一定の割合で減るなら、学生定員も将来的には半数くらいまで減らすのがいいのではなかろうか。

頭にきて話がそれた。

私たちは、教養教育というのは基礎的な事項の暗記ではなく、最先端の科学の理解とそれを解釈して社会に伝える能力を育成することであると考えている。大学院生のための「科学技術インタープリター養成プログラム」がこの3月で終了したが、教養学部では副専攻プログラムとして後期課程の学生に下ろすだけでなく、選抜された前期課程の学生にも授業を開講し、科学のリーダーたる人材を養成することにした。十分に与えられた環境から吸い取る能力こそ若者に求められているものなのだが、それを最初から放棄する学生がいることは大変嘆かわしい(と言っている自分がジジ臭く、それも恥ずかしい)。

2010年4月23日号

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