連載エッセイVol.41を掲載しました

挑戦的課題

佐倉 統

科学技術インタープリター/コミュニケーターとは、何か? 科学技術を一般の人たちにも分かりやすく伝える仕事、またその仕事をおこなう人たちである。なぜ科学技術にはコミュニケーター/インタープリターが必要なのだろうか? 科学技術の内容が、一般の人たちに分かりにくいからである。では、なぜ科学技術は一般の人たちに分かりにくいのだろうか?

発生生物学者のルイス・ウォルパートや生態学者のロビン・ダンバーは、科学が知識を獲得する方法それ自体が人間の直観に反するからだと述べている。たしかにそうだ。実験という手続は、さまざまな要因をコントロールして、いわば不自然な状態を人工的に作り出して、現象の原因やメカニズムを調べる方法である。実験条件下での現象そのものが、通常の感覚ではなかなか理解しにくいものなのである。

ならば実験によらない直接観察や調査なら良いかといえば、そう単純ではない。これらの研究では統計学的な手法を駆使して因果関係を推定する。これまた人間の直観に反することがしばしばだ。インチキなしのサイコロを振ってたまたま10回続けて6の目が出たとして、次の11回目に6が出る確率もやっぱり同じ6分の1というのは、なかなか納得のいくものではない。直観的には、次も6が出る確率は、限りなくゼロに近い。ぼくもつい先日、「モンティ・ホール問題」という、直観と確率が異なる問題を知って、愕然としたところだ(興味のある方は検索してみてください。とてもおもしろいパラドクスです)。

地球の年代も宇宙の年代も、科学が進むにつれて、どんどん長い方に修正されてきた。人間の推定は、いつも常に過小評価だったのである。宇宙科学というのは、それだけ人間の直観に合わない成果を出し続けてきたということだ。自然科学は、宇宙に限らず、人間が直観的に抱く自然像を常に描き直してきた。人間の知識空間を広げ続けてきたと言ってもいい。

人間が直観的に世界を認識するイメージというのは、進化の過程で形成されてきた認知様態だから、そう簡単に変更することはできない。たとえば今でもぼくたちは、日常生活では天動説を使っている。これをすべて地動説に置き換えるのは不可能だし、かえって不便である。

科学技術コミュニケーションとは、この大きな認知的ギャップに橋をかける作業に他ならない。単なる実践ノウハウの集積などではなく、認識論的にも認知科学的にも非常に大きな、人間の知識のあり方への挑戦的課題なのだと思う。心して取りかかろう。

2010年12月29日号

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