連載エッセイVol.49を掲載しました

食品による内部被爆と科学コミュニケーション

長谷川寿一

7月26日、放射性物質が含まれる食品の流通に関する食品安全委員会の答申案として、食品だけでなく外部からの被曝を含め「健康影響が見いだされるのは、生涯の累積で100ミリシーベルト以上。平時から浴びている自然由来の放射線量は除く」と報道された。一般市民は牛肉をはじめ食品の安全に関して極めてセンシティブになっているが、この答申では食品の安全性について具体的な情報が与えられず、市民の期待は肩すかしをくった形だ。

原発事故以降、短期的な累積値で100ミリシーベルトを越えればかなり危険だという知識は、一般に広く共有されるようになった。一般市民の関心は、被爆のうちで食品からの影響は、年間何ミリシーベルトから問題なのか、卑近な問いとしては、問題の牛肉を今どれほど食べたら危ないのかということにあるが、委員会の答申では、短期的な食品による内部被爆の影響について明言されていない。そもそも、自然由来の放射線量を除く生涯被曝総量を一般人はどうやって知ることができるのか。

内部被爆と外部被爆の影響を分けて論じた研究が少ないので答えようがないという事情はわからないでもなく、専門家としてはわからないことはわからないというある種の知的誠実さを示した答申なのかもしれない。が、一般市民からの素朴な疑問に対して、専門家がいかに無力であるかを露呈したような印象は拭えない。

他方マスコミは、稲わらを通して暫定規制値を超えたセシウムが検出された牛肉を「汚染牛肉」と呼び、有毒食品に準じたような扱いで報道をしている。読者にとっては、その影響の大きさを直感できないので、当然、買い控え行動を取ることになる。おそらく肉牛の全頭検査が行われない限り、消費者の安心感の回復は難しいだろう。しかし、セシウムの検査には、BSE検査以上の膨大な時間とコストを要するという。畜産農家にとっても消費者にとっても悩ましい問題である。

低レベル放射線の内部被爆の影響に関しては、1954年のビキニ事件が参考になるかもしれない。ビキニで被災した船員に対する深刻な影響については報告があるが、買い控えが起きたというマグロについて、検出された放射線量はどの程度だったのだろうか。今の「汚染牛肉」と比べて、どれほど高いのか低いのか。汚染マグロの健康への影響はどうだったのか。かつての事例との比較ができると、多少なりとも具体的なイメージを持てると思うのだが。

2011年8月31日号

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