連載エッセイVol.73を掲載しました

科学とそれ以外の知識

岡本拓司

科学コミュニケーションなど、科学を外側から扱う領域(科学史や科学哲学もそうである)でまず取り上げるであろうと期待される問題は、「科学とは何か」というものであろう。ところが、論理実証主義や反証主義を経ても、この問題に対する専門家の答は不明瞭なままにとどまっている。たとえば、パラダイムという概念で科学を特徴づけようとしても、同じような構造は、科学とは異なると思われる領域である哲学・歴史学・社会学などにも存在することにすぐに気付く。何らかのデータがあって、そこから特定の主張が生み出される、或いはそうした主張が論証されるという形態の知識においては、論理実証主義も、反証主義も、パラダイム論もみな成立してしまうかのように思われる。

科学の特徴は、データと主張の間の関係にではなく、データの取り方にあると見るべきである。具体的には実験がそれをよく表現しているが、科学における論証は、反復可能な現象を示したり作り出したりすることで実行される。なぜかは分からないが、世の中には繰り返し起こる現象、繰り返すことのできる操作があり、科学における探求や論証はこれらに依拠している。ほかの領域の知識が依拠しているもの(論理、権威など)も利用するが、繰り返し可能な現象・操作に依拠している点が科学を他の学問から分ける特徴である。

科学の対象には反復可能性のない現象も含まれるが、その場合でも具体的な探求は反復可能性に基づいて得られた知識を武器として進められる。また、多くの場合、科学は特定の操作(実験)の結果を予言できることで信頼性を獲得するが、これは反復する現象・操作が探求の基礎にあることで可能になる事態である。探求の手段が反復可能性を持たない哲学や歴史学には予言の能力はなく、また予言があたるかあたらないかをもって信頼性の基準とすることもない。

反復可能な現象・操作に基づく説得力は大きいので、いったんそれを用いた知識が出来上がれば、世界中に普及するのは時間の問題であった。ただし、これが出来上がり、受容されるまでには、そうした知識のもつ力を明確に示す出来事が必要であり、これは17世紀のヨーロッパでしか生じなかった。

2013年8月26日号

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