連載エッセイVol.90を掲載しました

研究不正対応と研究推進

長谷川壽一

去る12月25日、東京大学科学研究行動規範委員会は、分生研旧加藤研究室において1996年以降16年間に公表された論文165本のうち33本が不正であると認定した、とする最終報告を発表した。不正行為が認定されたのは11人、うち6人については「懲戒事由等に相当する可能性がある」と判断した。これほどまでに長期にわたり、かつ大規模な研究不正が生じたことは本学のみならず国内研究機関で例を見ず、濱田総長は「誠に遺憾」「学術の健全な発展を揺るがした」と述べ、自戒の意を込めて報酬のカットを表明した。

当日の記者会見では、不正申立て以降、調査に時間がかかり過ぎているのでは、との質問も出たが、調査対象となる論文数ならびに関係者(約200名)が非常に多く、図や原データも膨大で、慎重な専門的判断を要することから時間がかかったとの回答だった。濱田総長は、今後起こりうる訴訟にもしっかり堪えうる万全の調査だったことを強調した。

私はこの事案の調査に直接係わったわけではないが、本部理事の一人としてこの間の経緯を傍から見ると、結論に至るまで、科学研究行動規範委員会の教員および担当事務職員がどれだけの時間を費やしたか、気が遠くなる程である。委員の教員は当然研究者であるし、調査を担当した研究推進部は、本来、研究推進が第一の役割である。にもかかわらず、不正論文の対応で、多くの時間を失ってしまった。記者会見場では、調査に要した費用はどれほどだったかとの質問もでた。金額に換算するのは困難だが、もしこの調査がなければ発表できたはずの論文数は、調査対象論文数よりはるかに多かったに違いない。研究不正事案は分生研の論文不正だけではないので、研究上の損失は甚大である。

私が危惧するのは、不正対応によって、研究時間が削がれることだけでなく、本来、大学における研究がもつ自由闊達な意欲や空気が必要以上に萎縮してしまうことである。車の運転同様、アクセルとブレーキとステアリングがあってはじめて、研究は正しく力強く前に進む。この件を機に新ガイドライン(本調査開始までの期間設定、半数以上の外部有識者、利害関係者の排除)が整備された。抑止力が高まった分、安心してしっかりアクセルを踏めることを願っている。

2015年1月26日号

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