連載エッセイVol.94を掲載しました

宵の明星とインタープリター

川越至桜

ここ数か月、暮れの西の空に一際輝いているモノがあるが、みなさんお気づきだろうか?宵の明星、金星である。ここで星と言わなかったのは、金星は惑星であり、星(恒星)ではないからだ。

私は観望会(星を見る会)に関わる機会がよくある(悪友たちに巻き込まれたというのが正確かもしれない)。星や宇宙を好きという人は多く、星柄・宇宙柄も含め何となく綺麗だから好きという人から、科学的なことに興味がある人まで、興味の対象は人それぞれである。そのような観望会参加者に「あれが金星ですよ」と伝えると、「明るい」、「綺麗」、「ふーん」といった様々な反応が返ってくるが、中には「都内でも見えるのか!」、「惑星が肉眼で見えるのか!」という人もいる。

都内で金星が見えることを知り、夜空を見上げながら帰っていく参加者。日常生活の中にほんの一端、科学が入り込む瞬間である。金星が見えなくても生きていくことはできるし、日常生活が大きく変わるわけでもない。しかし、少しのキッカケで、宵の帰り道に空を見上げてみたり、ふと「あれは何だろう?」と疑問を抱いたりすることで、世界がほんの少し広がったり、違って見えたりするかもしれない。星や宇宙に限らず、「何か」と「自分」との接点があることを知った時、これまでとは違った世界に一歩踏み込めるのではないか。

インタープリター、自然や文化等と人との橋渡し役となる人を指す単語である。専門的なことをわかりやすく伝えることは、インタープリターとしてもちろん重要である。それと同時に、日常に潜むトリビアを伝えられるのも、深い知識があるからこそできるのではないだろうか。人それぞれ何がキッカケになるかは分からない。しかし、自分では当たり前と思っている些細なことが、他の人にとっては新鮮で、新しい世界の入り口になるかもしれないのだ。そう考えると、科学技術インタープリターは、日常と科学技術の世界とをつなぐ扉の鍵を持っている人のことなのかもしれない。

宵の明星、今年は8月初旬まで見ることができる。自分が学んでいるその先にはどのような世界が広がっているのか、宵の明星でも眺めながら今一度考えてみようと思う。

2015年5月25日号


PAGE TOP