連載エッセイVol.98を掲載しました

人文・社会科学インタープリター

藤垣裕子

「科学技術インタープリターがあるのなら、人文・社会科学インタープリターがあって然るべきだ」というのが前研究科長(現教育担当理事)の口癖であった。6月8日の文部科学大臣による「人文社会科学や教員養成の学部・大学院の縮小や統廃合を求め、社会的養成の高い分野への転換」を求める通知を見て以後、その意義をますます感じるようになった。この通知に対して日本学術会議は7月23日に声明を出し、第6項目として「学術全体に対して人文・社会科学分野の学問がどのような役割を果たしうるのかについて、これまで社会に対して十分に説明してこなかったという面があることも否定できない」ことを挙げている。つまり、科学技術インタープリターが科学技術の社会への説明責任を果たすように、人文・社会科学インタープリターは、人文・社会科学の社会への説明責任を果たす必要がある。

さて、学術全体に対して人文・社会科学分野の学問が果たす役割には少なくとも3種類あり、1)人文社会もイノベーションに役立つという考え方、2)人文社会はすぐには役にたたないが、長い時間を経て役に立つものであるという考え方、そして3)そもそも役にたつという価値と独立した価値をもち、「文化」の土台、すなわち知的世界の「土壌」を作るという考え方がある。ある社会学者は、「テクスチュアル・パフォーマンスそのものが時代の規範を乗り越えていくというテクストの圧倒的な力」を評価し、「テクストというものを文学テクストに狭く限定しないで、文字で書かれたものすべてをテクストと考えれば、テクストによって遂行される実践、テクスチュアル・パフォーマンスにはいまでも力がある」と主張する。つまり、人文・社会科学のなかの概念を学び、その語彙のなかに閉じるだけではなく、その概念を活用して他者との対話に活かせてこそ意義がある(人前で踊って見せてナンボ)という考え方である。人文・社会科学のインタープリターの養成というものがあるとしたら、このテクスチュアル・パフォーマンスを専門書だけでなく一般のひとにむけて磨くこと、そして「テクストで踊って見せてナンボ」を学ぶことにあるのだろう。

2015年9月24日号

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