先輩インタビュー 第2回 野口 尚志さん(1期生)


noguchi2科学と社会を繋ぐ、という自分の理想に対して、その実践的スキルを教えてくれる場でした。そのスキルは10年経った今でも自分の中で財産として残っています。

東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻卒。東京大学科学技術インタープリター養成プログラム1期生。科学技術と社会との関係性についての学問である科学技術社会論を専攻、大学院では科学技術政策への市民参加や科学コミュニケーション政策を研究。2007年国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) に入職。産学連携の競争的資金運営や、民間企業の知的財産部門への出向などを経て、現在はJST知的財産マネジメント推進部に所属。

科学技術インタープリター養成プログラムを受講した目的はどういったものでしたか。
高校生の頃に触れた立花隆著『脳を鍛える』、村上陽一郎著『科学者とは何か』が科学技術に関する問題を考えるきっかけとなりました。文理の乖離、科学のタコツボ化が指摘されており、感銘を受けると同時に「科学の間を繋ぐ人材になりたい」という考えが生まれました。
さらに大学の教養学部の講義で、科学の中だけでなく科学と社会との間にも軋轢があることを知りました。この問題意識から「科学と社会を繋ぐ人材になりたい」という理想が生まれ、科学技術社会論という「理論」を専攻しました。また、日本科学未来館で展示解説の仕事も行っており、科学技術を伝える「現場」も経験しました。
大学院のときにこのプログラムが立ち上がり、立花隆氏や村上陽一郎氏を始めとする講師陣は勿論、少数精鋭で実践的スキルを学べることに大変魅力を感じました。「科学と社会を繋ぐ人材になる」ため、本専攻で「理論」を学び、日本科学未来館で「現場」を知る。その間をつなぐライティングなどの「スキル」をこのプログラムで学ぶという3本立てでいこうと考えました。

印象に残った授業、有意義だった授業について教えてください。
朝日新聞の高橋真理子記者(デスク)によるライティングの授業です。授業中という短い時間で文章を書いて、プロの方にその場で講評・添削してもらいました。自分が書いたものに対して論理の展開から細かい文章の書き方までフィードバックが返って来る機会は当時ほとんど無く、この授業は緊張感のあるものでした。そもそもこのプログラムを履修した目的がライティングなどの「科学技術を社会に伝えるスキル」を身につけることでしたので、非常によいトレーニングでした。このときに言葉や文章としっかりと向き合った経験は今でも活きています。私は今、何かを書く仕事にはついていませんが、言葉の大切さをしっかり身につけさせてもらいました。
ライティングに関しては、同期の水準が非常に高かったことが記憶に残っています。言葉の選び方、文章の流れ、そういった点で「ああ、もう敵わないな」と思える人たちに出会う場としても貴重な経験でした。同期に関して言えば議論好きの人が多く、授業外でもひたすら議論していたことが記憶に残っています。そこで議論していた内容などはあまり覚えていませんが、本郷の旅館に泊まりこみ、夜な夜な議論を重ねていたことは良い思い出です。1期生だったので、プログラム自体も固まっていないところがあり、「こういうところは改善できるのではないか」などの話をしていたように思います。
修了研究は高校時代からの憧れであった村上陽一郎先生に指導教員となっていただきました。膨大な本に溢れる先生の研究室にて「科学リテラシー」について議論し、大変有意義なコメントを頂くことができたことは大切な思い出です。

お話を伺っていると1期生はかなり活発に議論をされていたようですが、議論を通して自分の中で新たに得られた視点はありましたか。
自分の専門である科学技術社会論を相対化できたことです。同期は自然科学の人が多く、彼らと一緒に科学技術社会論の授業を受けることで、科学技術社会論がほかの分野からどう見られているのかわかりました。例えば自然科学の人とは「科学を面白く伝えること」の大切さは共有できるのですが、「科学技術への市民参加」に対しては意見が分かれました。「本当に市民参加が必要なのか」「市民参加してうまくいくのか」など議論できたのは有意義でした。
noguchi1それによって、自分自身の視野の狭窄にストップが掛かった点も挙げられます。私は学部では「科学技術への市民参加」をテーマにしていたのですが、修士論文では、科学技術に対して市民がしっかりと関与することも重要ですが、様々なやり方が並行して行われるべきだ、という「科学技術コミュニケーション全般」へと研究テーマが広がっていきました。いろいろな分野の人と話すことができたことによる影響というのは、そういうところにもあるかもしれません。

当プログラムを受講したことは進路選択に影響を与えましたか。
最初から「科学と社会を繋ぐ」という意味で科学技術振興機構(JST)を志望していました。科学技術社会論を専攻していると「行政と科学」「社会と科学」といった様々な分野を繋ぐことを考えます。その中で仲立ちをする機関であるJSTにはもともと興味を持っていたので、プログラムの履修が進路選択に影響を与えたことはあまりないと思います。

私も今就職活動中なのですが、就職活動を行う際に当プログラムの経験は役に立ちましたか。
実は、就職活動ではこのプログラムの話はしていません。ライティングの授業で教わった「何も知らない人には、焦点を絞って伝える」ことの大切さを身に沁みてわかっていたので、あくまで本専攻と志望先の業務との関連を強調しました。
異分野の人に伝えるときは短く端的に、ということが大切だと思います。もちろん相手の疑問に答えていくプロセスも大切ですが、基本は本当に伝えたいことだけに絞らなければ何も伝わりません。相手も異分野のことには興味がありません。プログラムでは、わかりやすく短くまとまった良い文章を書くスキルをライティングの授業で学びましたし、そのスキルが就職活動で「自分を伝える」過程でも活かされました。

例えば今から一分間自己紹介するとしたら、どのようなことを喋りますか。
「以前より理系と文系の乖離が問題だと考えていました。大学に進学してからは科学技術社会論という、科学技術と社会の間を繋ぐ学問を専攻しました」と自己紹介した上で、「御社の業務における何某かの部分が、これまで私が考えてきた科学と社会を繋ぐということに合致するため、御社を志望しました」と話します。自分は自ら研究を行うよりは、何かの間に立ってそれらを繋ぐことに興味がありますし、今後もそういう仕事をしたいと思っています。

現在のお仕事を行う上で、当プログラムの経験が役に立った場面はありますか。
知的財産、という点では正直難しいですね。ただ、業務においてパンフレットなど広報の文章を書くときは「絞って伝えることの大切さ」が役立っています。

自分の専門を持ちつつも副専攻として「科学と社会を繋ぐ」ことに興味を持って当プログラムを受講する人が多いですが、野口さんは本専攻に近いですよね。その点から、科学コミュニケーションの昔や今をどう見ておられますか。
私はプログラムをメタ的に見ていたと思います。2005年当時、科学コミュニケーションといっても呉越同舟、いろんな人がいろんな思いをぶつけていました。あれから10年以上経って、私は現在、科学技術コミュニケーションからは離れてしまっていますが、科学に対する信頼が大きく失墜した東日本大震災と原発事故後の現在は、「科学と社会を繋ぐ」ということの意味も10年前からかなり変わってきているのではないかと思います。

(インタビュー:2016年3月7日)

インタビュー後記
「科学技術と社会を繋ぐ」という理想を追求するための実践的スキルを当プログラムで学んだ野口さん。プログラムには様々な背景を持つ院生が参加していますが、その中でもプログラムを支える理論的な部分を専門に学んできた野口さんが仰った「科学技術社会論の相対化」という言葉は、当プログラムに所属する各院生の専門領域に対して期待される変化として、真理を突いたものかもしれません。私は「科学技術を多様な社会的文脈から考える」ことを目的としてこのプログラムを履修していますが、これはまさに野口さんの仰った「科学技術の相対化」そのものです。加えて、「絞って伝えることの大切さ」。これは現在の野口さんの中でも確固とした考え方として残っているものであり、野口さんが目的とされた「実践的スキル」の習得に他ならないと感じました。野口さんの穏やかな話し方、また端的に物事を語ってくださる様子は、このプログラムを楽しんだのと同時に、そして得たものが確固として残っているのだと感じました。

農学生命科学研究科 博士4年・江頭 真宏
科学技術インタープリター養成プログラム11期生

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