連載エッセイVol.125を掲載しました

『なぜだろうなぜかしら』 不在編

廣野喜幸

記憶はあてにならない。エリザベス・ロス教授によると、実際あったことの3割は忘れ去られ、なかったことも3割の人が思い出してしまう!

10年ほど前のこと。中学時代の友人Mと同期会について電話で話していた。話は自然、雑談に流れていく。彼曰く、「中学のころ、日本学生科学賞の東京都大会で賞をもらい、表彰式に出たんだ。」Mは無線の開発などで名の知られた人物。栴檀は双葉より芳し。むべなるかなと思い、「どんな研究だったの?」と問うと、「シーモンキーの走行性について調べた」とのよし。「へえ、生物の研究だったの。」てっきり機械系かと思っていた。シーモンキーとは甲殻類の仲間で鰓脚綱ホウネンエビモドキ科アルテミア属の品種の一つであり、アメリカの業者が愛玩用に開発し、1971年から日本に輸入され、一時ブームになった生物である。

まてよ。突然思い出しました。中学時代、私も生物部でシーモンキーを研究したはずだ。そうでした、私も賞を受けたチームの一員なのでした。すっかり頭から抜け落ちていました。表彰式には代表だけ参加し、私は行かなかったため、すっかり忘れていたのかもしれません。Mも私がメンバーだったことなど、忘れていました。

小学生時代、私が『なぜだろう なぜかしら』で科学リテラシーを高めてきたことは、本エッセーで何回も言及してきた。では、中学時代、私は何によって科学リテラシーを高め、「生物少年」の知識欲を満たしてきたのが気になりはじめた……。

中学時代、母の兄が堀切菖蒲園近くに住んでいた。まとまった休みがあると数日泊まりにいき、年上の従兄従姉たちに遊んでもらうのが楽しみだったが、ときに一人で近所を散歩し、よく通ったのが文房具店兼書店の「ぶんえいどう」。(漢字を忘れました。ちなみに今はもうありません。)そこで買ったのが、都築拓司のブルーバックス2冊。よくは理解できなかったが、その後、ブルーバックスにはそうとうお世話になることになった。

そうか。『なぜだろう なぜかしら』の後は、ブルーバックスで「生物少年」の知識欲を満たしていたのだったなあ。というのも、『なぜだろう なぜかしら』の中学生版はなかったからである。当時、中学生の科学リテラシーを高める文化装置は非常に貧困であったのではないか。そして今もその状況はさして変わりがないのではあるまいか。なんで中学生向け理科副読本は充実していないのだろう。なぜだろう、なぜかしら。この問題点については、また次回。再見!

2017年12月20日号

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