廣野喜幸先生の寄稿文です

本プログラムの部門長である、廣野喜幸先生の寄稿文を掲載します。『2019年度 科学技術インタープリター養成プログラム 修了論文集』「はじめに」の転載となります(2020年3月10日)。

廣野喜幸

2019年度も履修生6名が無事、科学技術インタープリターの称号を得ることができました。これも、事務の皆さんはじめ、関係する方々が格別の便宜をはかってくださった賜物です。履修生とともにスタッフ一同も厚く御礼を申し上げます。

今年度は、「無事」という言葉が格別な意味をもちます。もちろん、2019年12月に出現した新型コロナ・ウィルスのアウトブレイクが念頭にあります。修了式も取りやめになるなど、残念な事態に至る騒然とした状況の中、6名の諸君が無事に、ここに掲載されている修了文章を書き上げたのは、私どもの慶びとするところです。

アウトブレイクは、ときに「感染爆発」などの訳語があてられ、感染者数の多さを想起させがちですが、アウトブレイクなる用語のポイントは、予期せぬ感染症の発生にあります。季節性のインフルエンザは毎年、高齢者を中心に1万人前後の人々の命を奪いますが、いわばこれは「恒例行事」(!)なので、アウトブレイクとは言いません。また、現在の日本で狂犬病患者が一人でも発生したら、それはアウトブレイクなのです。アウトブレイクの特徴は、その“予期できなさ”にあります。アウトブレイクは非常事態=危機状況を含意していると言えましょう。このとき、危機管理が発動され、クライシス・コミュニケーションがなされることになります。

危機管理において重要な指針の一つは、“reactiveではなく、proactiveに対策を立てよ!”になります。今、10名の感染者がいたら、10名の被害者向けの対策を、事態が進んで100名になったら、100名の被害者向けの対策を、といった具合に、現状の被害規模に対する対策を講じるのがreactiveな対応なのです。このとき、緩いものから厳しいそれへと対策がだんだんと強化されていきます。しかし、これは平時の方策なのです。危機状況においては、10名の感染者がいたとして、ある対策なら最終被害はこれで、他の方策なら最終被害はこの程度になるだろうと、現状に反応するというよりは、将来を見据えて対策を立てる想像的かつ創造的な営為が肝要になってきます。それゆえ、10名の感染者の段階でも、なんでこれほど大袈裟な対策を講じるのだという疑問が生じるようなことも当然あり得るのです。多くの人々は、危機状況においても、平時の発想を続けます。大袈裟だと感じる対策には批判の眼を向けますし、受け入れもしません。政治家も決断できませんし、そもそも政治家自身もreactiveな発想に囚われ続けます。

クライシス・コミュニケーションでは、危機が生じる以前のクライシス前コミュニケーションの段階において、上記のようなことどもについて、広く周知し、了解をとっておかなければならないのです。日本は、クライシス・コミュニケーションにおけるこうしたリテラシーの涵養に失敗しつづけてきたと言っても過言ではありません。

新たに誕生した科学技術インタープリターのみなさん! みなさんが科学コミュニケーション能力にさらに磨きをかけ、日本の、そして世界の科学技術コミュニケーションの状況を一層よりよりものにしてくださることを切に願っています。修了、どうもおめでとうございました。

令和2年3月
東京大学大学院総合文化研究科・教養学部附属教養教育高度化機構
科学技術インタープリター養成部門長 廣野喜幸

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