連載エッセイVol.159を掲載しました

原発事故とコロナ禍と

鳥居寛之

災害は忘れる暇もなくやってくる。東日本大震災、数々の台風被害に地震災害、そしてこのコロナ禍である。武漢での感染拡大が報じられていた今年1月の時点で、その後、世界中を封鎖に巻き込む一大事にまで発展すると一体誰が予測できたであろうか。

日本人は世界も驚くほど従順な国民と見えて、政府の要請だけで巣籠り生活を受容した。中国や欧州の惨状を伝えるリアルタイムの報道に危機感を抱き、有名人の訃報に衝撃を受けたこともあって、皆が専門家の警告に素直に従ったのである。

放射線の安全を説くことで国民を安心させようとして、政府も科学者も信頼を失った原発事故後のリスクコミュニケーションの失敗とはむしろ対照的に、政府の場当たり的な対応への批判は当然として、ウィルスの脅威を説く専門家の言葉は一定の理解を得ていた。

原発の是非など、イデオロギーの対立が重なって安全厨だの御用学者だのレッテルを貼って対立した10年前とは違い、人類共通の的であるウィルスには利害対立が絡む要素は少ない。被災地から離れた東京の住民が世論を掻き乱した前回と違い、グローバルな感染ネットワークの中で、今回は首都はいわば日本のエピセンターであり、誰もが人ごとでは居られなかった。

将来放射線でがんになるかもしれないリスクの確率を客観的に捉えることは難しくても、コロナに罹患して来週死ぬかもしれないリスクは分かりやすい。一方で、感染リスクを徹底的に減らそうとすれば経済が破綻する、というトレードオフも身をもって経験した。ゼロリスクは平和な安全社会の幻想だったと気づく。

確率論と並び、指数対数も科学情報伝達の鬼門だ。ただ、同じ指数関数でも、核種の半減期ごとの減衰は難しいが、日を追うごとに倍増する感染者数はグラフから明らかである。科学コミュニケーションにデータの可視化と簡潔な言葉は有効だ。ここぞとばかりに真価が発揮されたスパコン富岳による飛沫拡散シミュレーションの動画は眼前に、いや顔面につばきが迫ってくるし、8割おじさんが3密と叫べば、連立方程式の数理モデルを講義せずともメッセージは明快だ。

国費も投じて盛んに研究が進められている。異分野間の連携協力も重要だろう。総合的・俯瞰的判断を以て学問の自由を保障し、人類の智恵に貢献する科学を築き上げていくことのできる持続可能な社会の中で、このコロナ禍が終息することをひとえに願っている。

『学内広報』no.1540(2020年11月24日号)より転載

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