「連載エッセイ」カテゴリーの一覧

連載エッセイVol.146を掲載しました

連載エッセイ豊田太郎

ScienceとFictionの協奏豊田太郎

講義でも学会・研究会でも、スクリーンに映し出された図や記号を指しながら「このヒトがこう動いて…」と話される教授や講師をよく見かける。顧みると私もそうだ。学生に「この分子の気持ちを考えて…」と ...

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連載エッセイVol.145を掲載しました

連載エッセイ松田恭幸

日曜日に新聞を松田恭幸

海外で新聞を買おうと売店に行ったとき、新聞の厚さに驚いたことがないだろうか。特にアメリカやイギリスの日曜日の新聞の厚さは格別で、日本の新聞の元旦号のようなインパクトがある。イギリスでは日曜日は日刊紙の The T ...

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連載エッセイVol.144を掲載しました

連載エッセイ孫大輔

映画とダイアローグ孫大輔

映画にはいつも「対話(ダイアローグ)」がある。それは人が「物語る」存在だからである。映画がどれほど高技術・高予算になろうとも、ストーリーの核となり心をゆさぶるのは登場人物(たち)の語り、すなわちダイアローグであ ...

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連載エッセイVol.143を掲載しました

連載エッセイ定松淳

科学者は変わるか定松淳

というのは、昨年亡くなった科学史家の吉岡斉さんの著作のタイトルだ。『原子力の社会史』で知られる吉岡さんだが、その若き日の実質的なデビュー作である。

私がこの本を初めて読んだのは、大学院の修士課程の時だ ...

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連載エッセイVol.142を掲載しました

連載エッセイ内田麻理香

駒場博物館の「源平桃」内田麻理香

駒場Ⅰキャンパスが職場となり、一年が過ぎた。このキャンパスでは、四季折々の草花が目を楽しませてくれる。4月の初め、源平咲きをする樹を見つけた(写真)。源平咲きとは、一本の樹に赤と白の花が咲くことをいう。 ...

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連載エッセイVol.141を掲載しました

連載エッセイ佐倉統

あらためて、専門家と社会のギャップを考える佐倉統

2年前から理化学研究所の革新知能統合研究センター(略称AIP)を兼務している。人工知能(AI)と社会や倫理の関係を研究するグループの一員である。

AIには昔から興味があって、 ...

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連載エッセイVol.140を掲載しました

連載エッセイ大島まり

科学技術と私たち、そして社会 これからの関係大島まり

 昨年の夏、リスボンで開かれた学会に参加した。そのとき、同僚の研究者に、絶対良いから、是非利用すべき!と強く勧められたものがあった。Uberである。新しい物好きの割には、面倒くさがり ...

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