「連載エッセイ」カテゴリーの一覧

連載エッセイVol.91を掲載しました

連載エッセイ渡邊雄一郎

かって肌で感じたインタープリター教育渡邊 雄一郎

落ち着いて博士論文をよむために久しぶりに図書室に行った。図書室の匂い――カビ臭かもしれないが――嗅覚はその静寂さとともに研究室に入ったばかりの頃を思い起こさせた。聴覚とも連鎖し、静寂の中 ...

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連載エッセイVol.90を掲載しました

連載エッセイ長谷川寿一

研究不正対応と研究推進長谷川壽一

去る12月25日、東京大学科学研究行動規範委員会は、分生研旧加藤研究室において1996年以降16年間に公表された論文165本のうち33本が不正であると認定した、とする最終報告を発表した。不正行為が認定さ ...

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連載エッセイVol.89を掲載しました

連載エッセイ廣野喜幸

なぜだろう、なぜかしら 新シリーズの変貌 編廣野喜幸

私が自然科学好きになったきっかけのひとつは、小学生時代の理科の副読本『理科の学校なぜだろう、なぜかしら』(実業之日本社、1955-6年)シリーズであった。教科書だけでは解消されない疑 ...

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連載エッセイVol.88を掲載しました

連載エッセイ石原孝二

ループ効果と科学コミュニケーション石原孝二

科学的研究はその対象に影響を与えることをそもそもの目的として行われる場合がある。例えば人間にとって有害な細菌の研究はそのコントロールを目的としている。人間は科学的研究の実践を通して、研究対象と ...

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連載エッセイVol.87を掲載しました

連載エッセイ藤垣裕子

ひとを世に出すということ藤垣裕子

ひとを世に出すときには、そのひとの生産物をインタープリテーションしなくてはならない。小樽文学館でこの夏に開かれた『没後60年:中条ふみ子と中井英夫展』では、昭和29年4月に短歌研究社の第1回五十首詠に入 ...

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連載エッセイVol.86を掲載しました

連載エッセイ石浦章一

科学のお作法石浦章一

インチキ論文と認定された人が堂々と自説を展開する時代になったかと少々悲しい気もするが、インチキ論文と分っていながら論文を発表した人を擁護する人もいるとは、驚くべきことである。私はたまたま小中高大の理科教科書、特に生 ...

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連載エッセイVol.85を掲載しました

連載エッセイ岡本拓司

科学技術インタープリターに関わりのないもの岡本拓司

科学技術インタープリターに関わりのないものなど、探すのが難しいというのが趣旨である。

本欄の名称は「インタープリターズ・バイブル」であるが、これは本来は、旧約・新約の聖書の ...

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連載エッセイVol.84を掲載しました

連載エッセイ山邉昭則

インタープリターは世界を駆け巡る山邉昭則

このリレーエッセイの機会も4回目を迎えた。大学院教育から初年次教育まで、任務の幅も広がり、書く材料も少なくないが、これまでを振り返ってみると学士課程教育についての執筆が多かったので、今回は大学院 ...

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連載エッセイVol.83を掲載しました

連載エッセイ松田恭幸

どうして緊急通報番号ってバラバラなのよ!?松田恭幸

海外に渡航するとき最初に覚えるべきことの一つは渡航先の国の緊急通報用の電話番号である(と安全教育で習う)。だがこれはそう簡単ではない。警察は110番、消防・救急は119番と誰もが覚えて ...

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連載エッセイVol.82を掲載しました

連載エッセイ定松淳

事業仕分け再訪定松淳

3月の末に、インタープリター8期生のうち5名が修了論文を提出し、プログラムを修了した。8期生といえば、昨年度末の2013年2月に同行した研修旅行が思い出深い。研修旅行は、プログラムの必修授業のひとつである、黒田玲子 ...

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