連載エッセイ

Thumbnail of post image 192
『なぜだろう、なぜかしら』中学生は中学生編廣野喜幸

中学1年生の息子の運動会に行ったとき、中学3年生がやけに大きく見えた。息子が中学3年生になったとき、中学1年生がやけに小さく見えた。10代の成長は著しい。きっと内面も大きく成長している ...

連載エッセイ

Thumbnail of post image 188

自然災害と地球温暖化鳥居寛之

今年の夏は猛暑であった。そして自然災害が猛威を振るった年でもあった。わが国では相次ぐ台風による大規模な被害が記憶に新しい。

異常気象という言葉が日常になり、数十年に一度の災害が毎年頻発する背景に ...

連載エッセイ

Thumbnail of post image 099

 

インタープリターとしてのフレディ・マーキュリー藤垣裕子

英国のロック・バンド『クイーン』のヴォーカル、フレディ・マーキュリーは楽曲における優れたインタープリターであった。曲の良さを聞き手に届けるためにどういう歌 ...

連載エッセイ

Thumbnail of post image 156
ScienceとFictionの協奏豊田太郎

講義でも学会・研究会でも、スクリーンに映し出された図や記号を指しながら「このヒトがこう動いて…」と話される教授や講師をよく見かける。顧みると私もそうだ。学生に「この分子の気持ちを考えて…」と ...

連載エッセイ

Thumbnail of post image 067
日曜日に新聞を松田恭幸

海外で新聞を買おうと売店に行ったとき、新聞の厚さに驚いたことがないだろうか。特にアメリカやイギリスの日曜日の新聞の厚さは格別で、日本の新聞の元旦号のようなインパクトがある。イギリスでは日曜日は日刊紙の The T ...

連載エッセイ

Thumbnail of post image 114

映画とダイアローグ孫大輔

映画にはいつも「対話(ダイアローグ)」がある。それは人が「物語る」存在だからである。映画がどれほど高技術・高予算になろうとも、ストーリーの核となり心をゆさぶるのは登場人物(たち)の語り、すなわちダイアローグであ ...