「連載エッセイ」カテゴリーの一覧

連載エッセイVol.102を掲載しました

連載エッセイ長谷川寿一

科学博物館の新しい形長谷川寿一

インタープリター養成プログラムの授業のうち、本年度から科学コミュニケーション論の一部を担当することになった。博物館、とくに科学系博物館(科学館)について、学生諸君とともに考えることにした。以前、駒場自然博 ...

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連載エッセイVol.101を掲載しました

連載エッセイ廣野喜幸

『なぜだろうなぜかしら』 二つの文化編廣野喜幸

理科離れは中学以降進行する。小学生には理科好きがまだ多い。そこに、小学生を対象にした理科の副読本がマーケットとして成立する余地がある。私が知るかぎりでも9社から11シリーズが刊行されており ...

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連載エッセイVol.100を掲載しました

連載エッセイ石原孝二

「合理的」なものに限る?石原孝二

来年4月に「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」が施行され、行政機関や事業者は「社会的障壁の除去」について「合理的な配慮」を行うことが義務付けられます。この「合理的な配慮」というのは一体何なの ...

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連載エッセイVol.99を掲載しました

連載エッセイ鳥居寛之

風評と風化鳥居寛之

人は怖れる動物である。怖れることで身を守る。知らないものは怖い。知らないから怖い。怖いと思ったら怖くないものでも怖くなる。感情は理性に勝る。科学は理性。だから、感情を打ち消して科学を受け入れるのは難しい。正しく怖がる ...

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連載エッセイVol.98を掲載しました

連載エッセイ藤垣裕子

人文・社会科学インタープリター藤垣裕子

「科学技術インタープリターがあるのなら、人文・社会科学インタープリターがあって然るべきだ」というのが前研究科長(現教育担当理事)の口癖であった。6月8日の文部科学大臣による「人文社会科学や教員養成 ...

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連載エッセイVol.97を掲載しました

連載エッセイ岡本拓司

科学的社会主義岡本拓司「科学的社会主義」の語は、プルードンが『財産について』(1840年)の中で用いているが、自派の指針を指す語にこれを用いたのはエンゲルスで、特に『空想から科学へ』(1880年)の英訳(1892年)では表題にこれが使われた ...

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連載エッセイVol.96を掲載しました

連載エッセイ石浦章一

科学者の仕事石浦章一

最近は時間があるので(サバティカル)、同僚が書いた科学コミュニケーションの本を斜めに読みながら毎日を過ごしている。そこでわかったことは、1)大学に科学コミュニケーションを専攻することができる部署を作れとか、2)科学 ...

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