「岡本拓司」タグの一覧

連載エッセイVol.109を掲載しました

連載エッセイ岡本拓司

科学と革命岡本拓司

均一的な自然観や科学観が行きわたっている社会では意識されないかもしれないが、科学コミュニケーションの実践の場では、一般的には相手の科学観・自然観に敏感である必要がある。そして、さらに意識の及ばないことではあろうが、語 ...

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連載エッセイVol.97を掲載しました

連載エッセイ岡本拓司

科学的社会主義岡本拓司「科学的社会主義」の語は、プルードンが『財産について』(1840年)の中で用いているが、自派の指針を指す語にこれを用いたのはエンゲルスで、特に『空想から科学へ』(1880年)の英訳(1892年)では表題にこれが使われた ...

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連載エッセイVol.85を掲載しました

連載エッセイ岡本拓司

科学技術インタープリターに関わりのないもの岡本拓司

科学技術インタープリターに関わりのないものなど、探すのが難しいというのが趣旨である。

本欄の名称は「インタープリターズ・バイブル」であるが、これは本来は、旧約・新約の聖書の ...

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連載エッセイVol.73を掲載しました

連載エッセイ岡本拓司

科学とそれ以外の知識岡本拓司

科学コミュニケーションなど、科学を外側から扱う領域(科学史や科学哲学もそうである)でまず取り上げるであろうと期待される問題は、「科学とは何か」というものであろう。ところが、論理実証主義や反証主義を経ても、こ ...

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連載エッセイVol.61を掲載しました

連載エッセイ岡本拓司

科学論も変化する岡本拓司

20年近く前、クーンの科学論に現れるパラダイムには、或る一定の見方で世界全体をとらえることを強いる(理論負荷性)という点で、カントの認識論の「ア・プリオリ」と同じ機能があるのだが、カントの場合には相対主義を克服 ...

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連載エッセイVol.48を掲載しました

連載エッセイ岡本拓司

いわゆる「聖断」について岡本 拓司

原子爆弾とポツダム宣言受諾の関わりを調べていたところ、戦争の継続を主張する論理が意外に崩しにくいことに気づいた。1945年8月6日の原子爆弾投下後も、ソ連を介した和平工作は続けられ、8月9日のソ連参戦 ...

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連載エッセイVol.37を掲載しました

連載エッセイ岡本拓司

リスク論と歴史岡本 拓司

科学技術と社会の接点に関わる重要な問題の一つにリスクがある。通常、科学技術関連の話題が大きな関心を呼ぶことはあまりないが、生命や健康、財産に被害が及ぶ災厄が迫ると、人々はこれに立ち向かうための科学技術に注目する ...

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連載エッセイVol.26を掲載しました

連載エッセイ岡本拓司

戦争と科学リテラシー岡本 拓司

第二次世界大戦終わり頃の日本の新聞を読んでいると、すでに1945年8月以前から新型爆弾や原子爆弾といった言葉が使われていたことに気づく。もっとも原子爆弾は、言葉だけならばH. G.ウェルズの小説「放たれた ...

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連載エッセイVol.15を掲載しました

連載エッセイ岡本拓司

ギブスと日本海海戦岡本 拓司

J. ウィラード・ギブス(1839~1903)は、大学の理科系に進んだ学生ならば、おそらく一度は名前を聞く機会をもつ科学者である。いずれも1・2年で学ぶ、熱力学・統計力学か物理化学の中に、ギブスの名前を冠し ...

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連載エッセイVol.3を掲載しました

連載エッセイ岡本拓司

インタープリターズ・サイエンス岡本 拓司

大学に入って2、3年たったころ、ある集まりで新約聖書のヨハネ伝を原語で読むことになった。実際に始まるとすぐに後悔した。古典ギリシア語をかじったことがあったのは、13歳年上の先輩と、1年だけ第三外 ...

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