「脳が喜ぶ!“科学的コミュニケーション”術~テレビ番組制作の現場から~」井上智広先生:講義レポート

2023年2月21日

プログラムの必修授業「科学技術コミュニケーション基礎論I」は、科学技術コミュニケーションの基礎についてプログラム担当教員のほか、さまざまな立場から第一線で科学技術コミュニケーション研究・活動に携わっている先生方をお呼びして講義をしていただく、オムニバス授業となっています。

5回目は、NHKプロジェクトセンター統括プロデューサー井上智広先生に「脳が喜ぶ!“科学的コミュニケーション”術~テレビ番組制作の現場から~」をテーマに「科学“的”コミュニケーション」について講義いただきました。井上先生は、1997年にNHKに入局し、初任地は福井放送局。2002年に東京の放送センターに異動し、科学番組を専門に制作に携わってきました。これまでの主な担当番組は「科学大好き土よう塾」「サイエンスZERO」「ためしてガッテン」など。巨大地震を題材にしたNHKスペシャル「MEGAQUAKE」や地球や宇宙で起こる現象をテーマとする「宇宙の渚」はディレクター時代に携わった最も大きな番組で、これまで20年以上にわたり分かりやすく科学を伝えることに精力を注いで来られました。井上先生曰く、テレビで科学番組を制作することは、「科学」を「番組」という「料理」にする仕事。料理の過程に例えて番組制作について教えてくださいました。

人の心をつかむ番組制作の心得

井上先生は、科学番組を制作するに当たって「分かりやすい伝え方」ではなく「分かりたくなる伝え方」を目指してきました。テレビとして「分かりやすい伝え方」は当たり前のこと。視聴者が教えてほしい!と前のめりになる伝え方が大切です。視聴者=お客様が喜んでくれる番組を作ることができればプロフェッショナル。料理でいえば、お客様が食べたくなるメニューを作ること。そのためにはどうすればよいのでしょうか。

仮説と実験を通して共感できる入口を探る

科学番組の制作の流れは①番組提案→②情報取材→③仮説・検証を重ねる→④構成→⑤ロケ・編集→⑥スタジオ収録の流れで行われます。他の番組と異なるのは③の仮説や予備実験を重ねることです。例えば、「おいしい卵焼きを作るのはどうしたらよいのか?」がテーマならば、おいしいとは何なのか?おいしく感じるのはどんな卵焼きなのか?何度も何度も作って食べてもらうのです。問題への気づき→仮説の提示と検証→発見したことの共有といったように、視聴者が共感できる入口や意外なアプローチによる発見で好奇心を掻き立て続けるということが高視聴率番組には必要な要素です。こうして「ストーリー」が決まります。この「ストーリー」こそが人が求めているものなのです。

例えば、視聴者の心を動かした番組、NHKスペシャル「ママたちが非常事態!?最新科学で迫る日本の子育て」ですが、これは番組制作者の想像を超える反響を呼びました。この番組の提案者は3歳児の母親でした。「どうして子育てってこんなにつらいのか?」という自分の疑問をきっかけに、「きっと世の中の母親も同じ気持ちでは?」社会との共感が生まれるのではないか、と想像しました。結果、「なぜつらいのか理由を知ることが救いになる!」という科学的思考で番組を展開することで多くの視聴者からの共感を集めました。

「伝える」を「伝わる」に変えるには?

番組を企画する上で大切なのは、「今誰かに伝えたいこと」=「自分自身が知りたいこと」を、どのようにして皆が知りたいことに繋げられるのかという視点です。皆が知りたい答えにはどのように辿り着くのでしょうか。その答えは脳にあります。脳をやる気にさせるには、楽しさ、驚き、喜び、感動の要素が必要です。これらを提供できれば脳は活性化し、ただ情報を「伝える」でなく「伝わる」ことに変化していきます。つまり、科学の本質は脳を喜ばせることだと、井上先生は仰いました。

以下、井上先生からのメッセージになります。

①伝え方にも科学がある

 コミュニケーションのプロセスが科学“的”であるかどうかが、「伝える」を「伝わる」に変えられるかどうかのコツです。それが「科学“的”コミュケーション」です。そこに込められたメッセージは何なのか?あなたが伝えたいメッセージは何か?伝えるのは情報や知識でなくメッセージなのです。

②人が求めているのはスト―リー

人が見たいのは情報ではなくストーリーであり、それを創り出すのは伝え手です。創る上で打破しなければならないものもがあります。人は、時に知識が邪魔をしてその情報を受け入れられないことがあります。確証バイアスと言われますが、これを打ち破ること。全てを疑ってかかること。疑問を持つことが大切です。世の中に当たり前のことなど何ひとつありません。あなたの目、耳、心でガッテンできる物語を紡ぎ出してください。

 質疑応答

Q視聴者が求めるものをどう探すのか?

知り合いとの会話がきっかけとなることもあります。身近にいる人に疑問を投げかけて自分なりのアンテナを張って確かめます。その上で、他の情報番組や雑誌、本などから下取材をし、世の中のニーズを測ることも大切です。

Q伝わるメッセージの作り方は?

メッセージもがちがちに固めるのではなく、人にゆだねる隙間を残すことも大切だと考えています。受け手によって受け取り方が十人十色というのも制作していて面白いところです。

 講義を通じて感じたこと

老若男女、年代、科学への関心や知識の度合いも様々な人たちが視聴者の対象となるテレビ制作には、相手が見えにくいからこそ、想像力や受け手の立場に立って考えることが大切であることを感じました。番組制作の過程を「大切な人が食べたくなるような料理のレシピを考えること」に例えておられましたが、たとえ受け手がどれほど多くの見えない存在にあるときにも、目の前にいる誰かを想像してコミュニケーションを重ねていくことを大切にしてきたいと思いました。

井田 寛子(総合文化研究科 広域科学専攻 修士2年/18期生)